桂衣子のお座敷
 
つれづれなるままに・・・
 

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2008年11月30日を表示

微笑みの国

タイの空港占拠。そしてインドでのテロ・・・。
泣くのはそこにいた無関係外国人だけでなく、その土地の人も。
タイでの空港占拠は、なんとか政治を変えていこうとする、タイ国民の多く。
空港で足止めをくらっている外国人観光客たちに対しても、「申し訳ない」と丁寧に断りをいれているデモ参加者の姿も。
足止めをくらわされて怒り心頭な観光客、ビジネスマンたちの気持ちもよくわかる。
でも、国を変えてほしいと熱心に運動する国民たちの気持ちも、応援したい。
方法は間違っているのだろうけど、その真摯な姿勢は、うらやましい部分もある。
暴力は決して許せないけれど。

一度、タイへは旅行に行ったことがあるけれど、人々のエネルギーに驚いた。
心は熱いし、活力に満ち溢れていた。みんな生きている。
どこか冷めた無機質で機械的な日本と違って、生き物としての人間がいた。
早く問題が解決して、もとの「微笑みの国」に戻ってほしい。
観光産業で暮らしている国民もいるのだし、海外取引で稼いでいる産業だってあるのだから、自分たちの首を自分たちでしめないうちに。

テロに関しては、決して許せない。
どんな言い分があるにしても、快楽殺人にしか見えない残忍な行為。
だれが理解できるのか。
これではうさ晴らしにしか見えないし、憎しみしか返ってこない。
ホテルで銃撃された人々の恐怖、そして無くなった人々の無念・・・やるせない思いがする。
そして、現地インドの人々の悲痛な思い。
外国との関係で成り立つ産業、そして観光。
外国から勝手にやってきたテロリストたちのせいで、自分たちの地が汚され、イメージを汚された。
その悔しい思い・・・やるせない。

自分たちの行為が、何を生み出すのか・・・それなりの責任と覚悟を持ってほしい。
持っているのなら、フォローまでしてほしい。
フォローできないのなら、するな。

暴力だけは本当に許せない。

トールキンの「指輪物語」の中にこんな一節がある。

Many that live deserve death. And some that die deserve life. Can you give it to them? Then do not be too eager to deal out death in judgement.

「生きている者の多くは死んだっていい者だ。そして死んだ者の中には生きるべきものだっている。おまえはその者たちに命を与えられるのか?できないのなら、死という審判を下したがるな。」

・・・来年こそは平和な地球でありますように。そして、すべての魂に安らぎあることをお祈りいたします。



微笑みの国タイ、アユタヤーにて。


11月30日(日)21:37 | トラックバック(0) | コメント(0) | 社会 | 管理


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